2013年12月9日月曜日

五島美術館「光悦-桃山の古典-」に行ってきました

こんにちわ。

2013年11月15日に三館巡りを強行してきました。
行こう行こうと思いながらも結局こんなに遅くなってしまいました。

もともとは「国宝"卯花墻"と桃山の名陶」と「井戸茶碗 戦国武将が憧れたうつわ」に行ければ「光悦の展示は行かなくてもいいかなぁ…忙しいし…」なんて思ってました。
ツイッターでNHK日曜美術館で光悦の特集「本阿弥光悦 日本最強のマルチアーティスト」が放送されたと知ったことで調べ始め、既に行かれた方のブログで感想を読んでいる内に居ても立っても居られなくなってしまいました^^;
なので二館巡りのはずが欲張って三館巡りとなりましたw

この日は朝早くに出発…
電車で上京するのは2年半振り、上野毛駅周辺も初めてなので少々不安になりながらも五島美術館には15分前には着きました。
東急電鉄の乗り継ぎが楽で助かりましたw
門前には団体さんが待っているのをすり抜けて、一番乗りでした^^;

五島美術館入り口。
お茶会があったようで、和服を着た女性の方がたくさん来てましたね。
10時になり入るとすぐに右手へ…

目の前には黒楽茶碗「時雨」が…
そしてその後ろには薄暗い空間で茶碗が照らし出されてて…一気に空気が変わりました。

この「時雨」、もうホント凄かった!
作品の大きさが記載された数値だけ見ると決して大きくないはずなのに、非常に大きく見えました。
この茶碗を持ったらどんな気持ちになるだろう?と想像しつつ、スケッチしてました。

頭に浮かべた自分の作った抹茶茶碗が本当にちっぽけに感じられて、もっと雄大に作らなきゃダメだなぁ~と思いましたね…。


赤楽茶碗「雪峯」は2度目のような気がしつつも、新鮮な気持ちで見れました。
漫画「バカボンド」第30巻でも沢庵禅師が「すげぇ」と見入る場面がありますが、自分ももうほんとに手にとってじっくり見てみたかった…
底は厚作りで割れても仕方ない…と言うか、割れて欲しくてそうしたのかってぐらい厚い^^;
焼きの時の割れと、衝撃による割れとが金継ぎによってまた命溢れる茶碗になってますね。

黒楽茶碗「七里」は光悦らしい感じの丸っこさはないんですが、これはこれで好きかな~。
赤楽より、黒楽が良く見えてしまうのは利休のせいかもしれないな…
赤楽の良さは実際に持ってみて分かってくるのかもしれない。

それにしても作品の技術だけ見ると下手くそw
でも400年受け継がれてきた茶碗は、本当に光悦が作ったか怪しい部分はあるけれど、光悦の人柄が表れているような、とてもいい茶碗でした。


ただ個人的に思うのは、この白楽茶碗「冠雪」だけが他の19碗とは作った人が違うのでは?と感じました。
他の作品はそれぞれが何となく雰囲気として似ているところがあるのですが、この「冠雪」だけはベテランの陶芸家が作ったような…技術がとてもうまいのです。
本当に下手な光悦の手によるものなのか…ちょっとどころかかなり怪しんで見てしまいましたw


重要文化財なのに個人蔵の赤楽茶碗「乙御前」、他にも黒楽茶碗「雨雲」、黒楽茶碗「村雲」、黒楽茶碗「東」、赤楽茶碗「大ふく」…
光悦の茶碗がもうこんなに一堂に集まることは無いだろうと思ってましたので、とにかく忘れないようにとスケッチしてました。
遅々と進んでましたので、迷惑を感じた方にはこの場をお借りしてお詫び申し上げます。

光悦の墨跡ですが、
以前、古文書講座に通った事もありミミズのような字がちょっとだけ解かる程度なので、全くと言ってよいほど読めませんでしたw
現代人が戦国時代にタイムスリップなんて漫画もありますが、同じ日本人でも厳しいだろうなぁw
茶碗メインだったのと解説文も少なかったので、かなり見流しました…

そろそろ出ようかと思う最後にもう一度茶碗を見渡して…
「焼きが甘くもろい楽茶碗」
「不変なものは在りはしない」
「完成は滅びの始まり」
そんな当時の価値観を表す言葉が脳裏にぐるぐる巡ってましたね。

武将でも兵士でもないにしろ明日をも知れぬ戦国時代、光悦さん、あなたはどんな気持ちで土を捏ねて作陶してたんでしょうね。

と、図録を抱え、レシートに印字されてる時間を見ると12時…2時間経ってました…
次ぎは根津美術館へ
(つづく)

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光悦 -桃山の古典(クラシック)
2013年10月26日~12月1日

五島美術館
〒158-8510 東京都世田谷区上野毛3-9-25